JAPAN INDONESIA ASSOCIATION,INC.
一般財団法人 日本インドネシア協会
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“進歩的、組織的、プロフェッショナル”
ムハマディヤー・アイシヤー第48回全国大会の意義と展望
中村 光男
千葉大学名誉教授・東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー
2023年4月21日 公開
1. ソロ市で開催、200万人余が参集
インドネシアで、NU(ナフダトゥル・ウラマー)に次いで、第二の最大イスラーム組織と言われるムハマディヤー(1912年創立)は、昨年の2022年11月18−20日、中部ジャワの州都スラカルタ(ソロ)市で、第48回全国大会を開いた。同大会は、5年ごとに開催の規約に従って、2020年に開催される予定だったが、コロナ禍のため2年延期された。全国のムハマディヤー支部から選ばれた代議員、地方・中央組織の役員など、2700名を超える会員が大会を構成した。ムハマディヤー大会に並行して、女性組織アイシヤー(1919年創立)も約2000名の構成員で全国大会を開催した。これら両組織の正式な大会構成員に加えて、延べ約二百万人に及んだとされる一般会員やシンパの場外参加(ムハマディヤーE X P O見物など)で、ソロの町は、一層、賑やかとなった。私と妻の緋紗子は、1985年第41回全国大会(ソロ)から2015年の第47回全国大会(マカッサル)まで、毎回欠かさず、両方の大会に傍聴者として参加してきた。しかし、今回は、コロナ禍のため、参加を断念し、もっぱらインターネットで情報を収集した。
写真1. 第48回ムハマディヤー・アイシヤー全国大会で挨拶するジョコウィ大統領。 出所:Sekneg.
2. ジョコウィ大統領、両組織の貢献を高く評価
ムハマディヤー・アイシヤーの全国大会は、ジョコウィ大統領の開会宣言で始められ、副大統領の閉会宣言で終わった。ジョコウィ大統領は挨拶の中で、コロナ対策・ワクチン接種と患者の治療において、ムハマディヤー傘下の病院とクリニックの貢献が極めて大きかったことに感謝し、さらに、ムハマディヤーの幼児教育から大学に至る全国的教育組織がインドネシア国民の教育水準の向上、人的資源の高度化、経済成長と科学技術の発展に大きく寄与していることを高く評価した。
ムハマディヤーとアイシヤーは、ジョコウィ大統領が、挨拶の中で具体的数字を上げて称賛したように、学校教育と医療・福祉活動の推進を、創立以来の最大の特徴としてきた。2022年11月現在で、ムハマディヤー傘下の教育施設は、プサントレン(寄宿塾)が440、幼稚園・保育園、幼児サークル が20,233、小学校・初級マドラサが2817、中学校・中級マドラサが1826、高等学校・上級マドラサが1811、高等教育施設(大学・専門学校)が171と報告されている。両組織の学校網はインドネシア最大の私立学校網であり、おそらく、世界でも最大であると思われる。
写真2. アイシヤー幼稚園の子どもたち。Suara Muhammadiyah提供
特に近年、ムハマディヤーの大学はインドネシアの人口全体における若年層の急速な増加と都市化に見合う形で、質・量ともに飛躍的に発展しており、ほぼ全ての州にムハマディヤー大学が1カ所以上存在している。中でも、ソロ、マラン、ジョクジャカルタ、ジャカルタのムハマディヤー大学は、医学部・理工学部・経営・情報学部を含む総合大学として、規模・レベルともに主要国立大学、有名私立大学に伍して、全国ベスト大学50校に数えられている。
医療・福祉関係では、ムハマディヤー・アイシヤー傘下の総合病院が117、クリニックが600余り存在する。特に、各地の大学病院は、高度の設備、最新技術を身につけた医師・スタッフを擁して、インドネシアの先進的医療体制の主要な一角を成している。また、地方におけるクリニックは低所得者に対する安価で、アクセスしやすい医療・保健・衛生設備として、長年にわたってサービスを続けてきた。産院、孤児院、養老院、救貧施設、小口金融機関などは、草の根レベルで、多数設置・運営されている。
写真3. 妊婦を診察するムハマディヤークリニックの看護師たち 出所:Suara Muhammadiyah.
ムハマディヤーの教育・医療・福祉施設は、ほとんど全てが会員からの寄進(ワクフ=不動産遺贈)によるもので、法人格のムハマディヤーの所有として宗教省に登記されており、ムハマディヤーは国内最大の不動産所有の宗教法人として、その経営・運用に当たっている。
3. 理性重視の「進歩的イスラーム」
ムハマディヤーの学校教育重視の根底には、独自のイスラーム教義理解がある。ムハマディヤーはNUの伝統主義に対して、近代主義・改革主義の運動とされている。すなわち、NUのウラマー(宗教学者)の教義解釈に依拠する信仰生活に対して、ムハマディヤーは理性に基づいた信徒の「クルアーンとハディース(預言者言行録)」の自主的判断と、社会の近代化に見合う知識・学問、科学技術の習得、探求の深化を奨励する。人間は神から理性(akal)を与えられており、理性によって神の創造物である宇宙の森羅万象を理解し、人間の福祉向上に利することが人間の使命であるとされる。宗教教育とともに、世俗的教科を取り入れた学校教育が強調される所以である。ムハマディヤーは創立の当初から、宗教教育とオランダ植民地政府の一般教育科目を併合した学校教育を発展させてきた。独立後は、宗教教育を含む政府のカリキュラムに従って学校教育をおこなっている。
4. イスラーム=「神の宇宙全般への慈愛 (Rahmatan lil-‘alamien) ※
ムハマディヤーの医療・福祉活動の基礎にも、注目すべき教義がある。すなわち、宇宙とその全存在は神の慈愛によって創造されており、人間は神の代理者(カリファ)として、神の慈愛を宇宙にあまねく広める使命を与えられているとされる。ここから、病や貧困で苦しんでいる者、親を失った者、自然災害の被災者など、苦境にある者を救済する使命が生ずる。ムハマディヤーは、創立初期に、中部ジャワの火山噴火の被害者救援のために組織した「公共災難救済(PKO)」の部門を、後に常設化して、全国的に医療・福祉活動を展開してきた。加えて、近年では、地震、津波、火山噴火、暴風・洪水などの自然災害の頻発に対応して、「ムハマディヤー災害対策センター」が常設されており、国の内外で災害救援チームを派遣している。また、2020年来のコロナ疫病対策においては、ジョコウィ大統領が評価したように、中央に「ムハマディヤーCovid-19コマンド・センター」を設立し、ワクチンの接種及び患者の治療、死者の埋葬において、全国的に傘下病院・クリニックの要員、一般会員まで動員して、集落レベルで大活躍した。その陰で、多くの医者・看護師、救護ボランテイアが感染して、命を失った。
※この教義理解は、現在、NUを含めてインドネシアのイスラーム主流派全てが共有するところとなっている
5. 普遍的人道主義
図1. ムハマディヤーのシンボル
出所:Muhammadiyah or.id.
「イスラームは宇宙全般への神の慈愛」という教義から、更に二つの重要な理念が導かれる。一つは、「差別なき人道主義」であり、もう一つは、「自然環境保全」の使命である。神の慈愛は、単にイスラーム教徒のみならず、宗教、民族、人種、言語、宗教を超えて、インドネシア国民の全体に及ぶばかりか、全人類にも及ぶ。「ムスリム共同体のために、インドネシア国民全体のために、そして、人類全体の普遍的福祉のために」が、今日、ムハマディヤー運動の理念となっており、今回の大会のテーマも、「インドネシアを前進させよう、全世界を光で照らそう(“Memajukan Indonesia, Mencerahkan Semesta”)」と、普遍的人道主義が強調されている。
ちなみに、創立以来、ムハマディヤーのシンボル・マークは太陽(Sang Surya)で、「ムハマディヤー=預言者ムハンマドに従う者」と書かれた中央の円から、12の白い光の束が緑色の全世界を照らしている。
この教義に従って、ムハマディヤーの病院やクリニックは、当初から、患者の宗教や民族の差異を問題とせずに、受け入れている。また近年、ムハマディヤーの学校は、イスラーム教徒が比較的少ない東インドネシアでも設立されており、パプアには大学が既に4校存在している。これらの学校では、宣教を主目的とせず、政府のカリキュラムに従って、非イスラーム教徒の学童・生徒、学生を多数含んで、一般教育を行っている。
6. 自然環境保全の責任
神の被造物として、宇宙=自然とそこに存在するすべてのものが、神の慈愛の発現・対象とされ、「地上における神の代理者」である人間は、神の被造物を破壊や消滅、危害や劣化から守る使命が与えられているとされる。この理念に基づいて、ムハマディヤーの自然環境保全活動や絶滅危機に瀕した動植物の保全活動が展開されている。具体的には、ムハマディヤーの学童・生徒、さらに大学生たちの課外活動、草の根のボランテイア活動によるゴミの分別、リサイクル運動、有機農業、植樹、河川・海浜清掃の作業などが広汎に組織されている。
7. 国際化を目指して
今回の大会において、もう一つの強調された活動方針は、ムハマディヤー運動の国際化である。9.11以後、深刻化した非イスラーム世界、特に欧米における「イスラーム恐怖症(islamophobia)」に対応して、ムハマディヤーは「中道・寛容・包摂的・人道主義的」なイスラームのイメージを広める努力を続けてきた。既に、日本を含め29カ国で海外支部が活動しており、オーストラリア、マレーシア、エジプト、レバノンにおいては、ムハマディヤーの学校も設立されている。また、緊急を要する紛争避難民・災害被災者への救援活動は、海外にまで積極的に展開されている。今回のトルコ・シリアの大地震の災害に際しては、医師・看護師からなる「野戦病院」を送って、救援に当たっている。
8. グローバル問題の解決へ
人類共通の危機、すなわち、気候変動、エネルギー危機、食糧危機、環境危機が深化し、その克服には、国際的共同行動が必要となっている。ムハマディヤーは、国連・ユネスコなどの国際機関および世界各地の市民社会組織との連携と協力を推進してきた。特に、国際的相互理解・平和共存促進の活動としては、2006年以来、「世界平和フォーラム(World Peace Forum)」をマレーシアの華僑仏教徒財団「多文化協会」と共に組織して、「人類は一つ、運命は一つ、責任は一つ」をスローガンに、世界各地の宗教指導者、市民組織、知識人の交流を図る国際会議を2年ごとに開催している。このような活動に対して、数年前、ムハマディヤーはNUと共に、ノーベル平和賞の受賞候補に挙げられた。今回の大会決議によると、’Global South’の一翼を担う市民社会組織として、ムハマディヤーは国際的プレゼンスを一層推し進めようとしている。
9. 大会議事・運営
大会の議事は、前回大会からの活動報告、向こう5年間の活動方針とプログラムの採択、ムハマディヤー運動の基本的方向性=「進歩的イスラーム」の確認、さらに新中央指導部13名の選出と盛り沢山だった。しかし、大会資料は2週間前に参加予定者に全員にインターネットで配布され、事前に各地で開かれた地方会議やセミナー、更に前日の全国代表者協議会において、討議・修正されていたので、会場での深刻な論争は見られず、各議案はスムーズに採択された。中でも、最重要議事である中央指導部の選出においては、今大会では、大きな変化が見られた。これまでの選挙方式、すなわち段階的に数次の手書き投票で候補者をしぼり、最終的には、13名連記の全員投票で新指導部を選ぶ方式は、毎回、長時間を要してきた。しかし、この度は、投票・集計ともにデジタル選挙の方式をとったので、所要時間はきわめて短くなり、余裕をもって会期内に、新指導部の選出及び互選による会長と総書記の選出まで終えた。全体として、「整然、組織的、プロフェッショナルな」大会となり(大会実行委員長談)、取材記者の中には、「衝撃的ニュースなし」という見出しで記事を送った記者さえいた。
10. 女性組織アイシヤー
アイシヤーも全国大会を並行して開催し、「進歩的イスラーム女性運動の推進」を中心テーマに、新方針・新人事を決定した。実際に、ムハマディヤー傘下の教育、医療、福祉組織の現場における担い手の多くは、アイシヤー会員の女性であり、アイシヤーはジョクジャカルタ及びソロに総合女子大学、各地に専門学校を設立して、専門的知識・技術を備えた幹部・働き手の養成に努めている。
写真4.アイシヤー大学ジョクジャカルタ校。出所:Muhammadiyah or. id.
11. 組織強化の方針
全国の行政村(デッサ)の40%に班(ランテイン)を、全郡(クチャマタン)の60%に支部(チャバン)を設立することが、向こう5年の組織強化の目標とされた。専門部門別では、労働者・農民・漁民・低所得者支援活動の強化、法律援護・基本的人権擁護(L B H)活動の強化、環境保全・生物多様性保全のための意識振興と具体的アクションの展開、組織活動の基礎となる図書・資料・情報のデジタル化とネットワーク化、ビッグデータの活用による計画性の向上が強調されている。特に、災害対策においては要員の訓練、組織・指導体制の整備に務め、緊急出動に常時対応できる体制づくりが確認された。
12. 中央指導部の選挙
指導部のポストは個人の長期占有を避けるため、とくに会長は2期10年を限度として、規則的な世代交代が図られている。選出基準としては、ムハマディヤーにおける活動歴が重視され、多くの者が2世3世の生え抜きであり、幼稚園から一貫してムハマディヤーの教育を受けた者も多いい。全体として、「集団的、同志的、組織的」な指導部の構成と運営が基本で、ポスト争いや多数決原理・組織規律に反する個人プレーはムハマディヤーの組織文化に馴染まないとされている。
大会では、2700人余の大会構成員のデジタル方式による13名連記の全員投票で、全国協議会であらかじめ選考された39名の候補者から、最終的に13名が中央指導部に選出された。更に、この13名の合意により、新たに5名が指導部に加えられた。互選によって会長に再選されたハエダル・ナシールはガジャマダ大学の社会学博士でムハマディヤー・ジョクジャカルタ校の教授であり、同様に総書記に再選されたアブドゥル・ムクティは国立イスラーム大学ジャカルタ校の教育学博士及び同校の教授である。
写真5. 会長ハエダル・ナシール教授(左)と総書記アブドゥル・ムクティ教授
出所:Suara Muhammadiyah.
13. 新中央指導部メンバーの特徴
他の中央指導部メンバーも高学歴の大学教員が多数を占めている。すなわち、18名中、国立および私立の大学教授が8名、大学教員が9名、そのうち博士号保持者が7名、修士号は一人を除き全員が持っている。これらの学位は、ガジャマダ大学、インドネシア大学、国立イスラーム大学など、国内の主要大学ばかりでなく、ロンドン大学やマンチエスター大学、ライデン大学やユトレヒト大学、カリフォルニア大学やマックギル大学、メルボルン大学やフリンダース大学など、海外の有力大学で取得されている。また、メンバーの中には、ジョコウィ内閣の現職調整大臣や宗教省局長、汚職撲滅委員会、司法委員などの政府委員会の委員経験者、インドネシア・ウラマー評議会の元・現役員が含まれており、政府との関係は密接である。年齢構成では、70代が4名、50-60代が12名、40代は1名である。全体として、これまでと同様に「経験豊富なイスラーム知識人集団」となっている。
写真6. 全国大会で選出された13名のムハマディヤー中央指導部メンバー 出所:Suara Muhammadiyah
14. アイシヤー中央指導部
22名(大会選出13名、補充9名)全員中、ムハマディヤーと同様に博士号または修士号保持者が19名と高学歴のメンバーが多数を占めている。19名中16名の内訳は、医学、薬学、農学、法学、教育学、心理学などを専門とする大学教員で、学士号だけの3名は経営者である。年齢的には、50-60代17名、40代3名、30代1名と、ムハマディヤーと比較して、平均でほぼ10歳若く、そのうち14名が既婚・子供ありで、アイシヤーの中央指導部は、薬学博士・教授のサルマー・オルバイナー会長を先頭に、全体として、「高学歴・専門職を持った母親集団」の様相を示している。
また、アイシヤーは、現代イスラームにおける女性の地位と役割に関して、男性との平等の地位・権利の原則を大会決議の中で明確に表明した。すなわち、「ムハマディヤー運動は、クルアーンとハディース(預言者言行録)の文言の女性蔑視的解釈によって、女性の公的活動を制限することは、時代の発展に、もはや適合しないと見做す。」この立場から、アイシヤー会長はex officioで、ムハマディヤーの中央指導部に加わっている。
写真7. アイシヤー新会長サルマー・オバイヤー教授 出所:Suara Muhammadiyah.
15. ムハマディヤー傘下組織
ムハマディヤーは、アイシヤー(成人女性)の他に、プムダ・ムハマディヤー(青年)、ナシヤトゥル・アイシヤー(女子青年)、中高生徒同盟、大学学生同盟、男子拳法団、祖国防衛青年団を傘下組織として擁しており、ムハマディヤー運動全体の社会的影響力はインドネシア全人口のうち、ほぼ3千万人に及ぶと推定されている。政治的に、ムハマディヤーは組織としての厳正中立を守っているが、会員個人の自主的政治活動は自由とされている。従って、歴史的経緯として、設立を援助したPAN(国民信託党)の党員・支持者が多い。
16. 今後の展望
今回の両大会では、「進歩的イスラーム」の推進という基本的路線が再確認された。今後、2027年、西スマトラのパダン市で開催予定の次回全国大会に向かって、両組織は「整然と、組織的、プロフェッショナル」に、活動を展開し、会員、組織、施設の順調な拡大を続けて行くであろう。特に、デジタル識字率の向上による会員間コミュニケーション活性化と、対外的PRの発信力の強化は、ムハマディヤー運動の国内外にけるプレゼンスを一層、高めるであろう。両者の運動は、「穏健、寛容、進歩的で、多様性を尊重し、過激主義を排して中道を歩むインドネシアとそのイスラーム」(副大統領挨拶)のイメージのグローバルな拡大に、大いに貢献し続けるであろう。(終わり)
写真8. ムハマディヤー大学ソロ校講堂における第48回ムハマディヤー・アイシヤー(手前黄色のスカーフ)全国大会合同閉会式。
出所:Suara Muhammadiyah.
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